ロバの耳
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2004年9月
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2004/09/27(月) 『文七元結 その1』 志ん生&正蔵
 落語中興の祖と言われる三遊亭円朝作の人情話。それを吾妻橋までは志ん生で、その先は正蔵という変則的な組み合わせでやりました。というのも、正蔵がなんのまえふりもまくらもぬきに吾妻橋のくだりから始めている録音なので、その前の部分を志ん生で補っているのです。

 腕の良い左官の長兵衛はばくちで身を持ち崩し、大変な借金を作ってしまいます。大事な道具も質に入れ、このままだと年も越せないというありさま。それを見かねた娘のお久が郭に身を売ろうとします。郭の主人が事情を知って、五十両のお金を長兵衛に貸します。もし半年たってもお金が返せない場合、お久を店に出すという条件です。
 長兵衛はその帰り道、吾妻橋で身投げをしようとしている男に出会います。慌てて止めますが、集金先からの五十両をすられてしまったというその男・文七は、どうしても死ぬと言ってききません。長兵衛はさんざん迷ったあげく、娘をかたにして手に入れた大事な五十両を、投げつけるようにして文七に渡してしまいます。

 この話と作者の円朝について、こんな逸話を玉置宏が紹介していました。明治維新の直後のことですが、薩長のお偉方に「何か江戸の人間の気質がわかるような噺をしてくれ」と頼まれた円朝は、自作のこの話をしたとのことです。もちろん、金と権力欲にとりつかれた薩長のお偉方に対する皮肉のつもりだったそうで。『井戸の茶碗』もそうですが、どちらも普通の人間ならまずできないことをやっているところが実に痛快です。


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