ロバの耳
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2004/11/01(月) 落語・『淀五郎その1』 五代目古今亭志ん生
 志ん生の『淀五郎』、大好きです。実はCDで同じ音源を持っているのですが、何回聴いても楽しめます。

 市村座で忠臣蔵通し狂言の直前、判官役の澤村宗十郎が病で倒れてしまいます。そこで座長の市川団蔵は若手の淀五郎を代役に指名しました。しかも団蔵の向こうを張るというので名題に抜擢。淀五郎は大喜びします。
 ところが四段目の判官切腹の場で、本来腹を切る判官のもとへ寄ってくるはずの由良助役の団蔵が、花道に座ったまま動きません。淀五郎は、しかたなくそのまま腹を切り、幕がしまってから団蔵に訳をたずねに行きます。すると……。
「あんな腹の切り方があるか。あれは判官じゃねぇ、ただの淀五郎だ。由良助は淀五郎なんぞに用はねぇ」
「ではどうすれば良いでしょう」
「本当に切れ」
「本当に切ったら死んでしまいます」
「本当に死ぬんだよっ!」
 一晩練習して二日目を迎えますが、やはり由良助は判官のところに近寄りません。
 思いつめた淀五郎は、明日は団蔵をつっ殺して、自分も本当に腹を切って死んでしまおうと決めてしまいます。そして皆に暇乞いをし、最後に自分を可愛がってくれている中村座で座長をつとめる中村仲蔵のもとを訪ねるのですが……。

 ご存じの方にはいまさらなのですが、沢村淀五郎、市川団蔵、中村仲蔵は江戸時代後期に現存した歌舞伎役者です。実在の役者が登場する落語としては、この噺で淀五郎に演技指導をする中村仲蔵自身の若き日の噺、『中村仲蔵』もあります。(その噺もすごく面白いです。一度しか聞いたことがないのですが……また聴きたい)

 この話はある年齢を達した大看板でないと出来ない噺とされているそうです。有名どころでは六代目三遊亭圓生とか、八代目林家正蔵が演ったそうですが、残念ながら聴いたことがありません。

 ローマ人の物語『ユリウス・カエサル ルビコン以後〈中〉』 塩野七生

 カエサルは、ポンペイウスとの最終決戦に勝利し、エジプトへの遠征、クレオパトラとのロマンスなどを経て、地中海全域の制圧に成功します。しかし、首都ローマでの内政を任せたアントニウスの失政で、兵士の従軍拒否、経済停滞という状態が生じます。
 帰国後、巧みな手腕で問題を解決したカエサルは、北アフリカとスペイン南部で蜂起したポンペイウス派の残党を一掃。そしていよいよ新秩序樹立のための改革を次々と断行していきます。
 しかし、その改革の途上、五十五才の彼に、ついに運命の日がやってきてしまうのです……。

 領土や属国が巨大化したゆえに、元老院主導のローマ型共和政は機能しなくなりつつありました。広大な領土の統治が機能的になされるには、何よりもまず効率性が求められます。カエサルは、六百人の元老院議員から、一人の人間による帝政に、国政の決定機関を移行させようと考えたのです。
 そして世界都市としてのローマの再開発、公共設備の充実、属州や他民族への権利の平等化、安全保障などによって、世界平和、ローマによる平和をうち立てようと考えていたのでした。
 公的な警察機構を成立させたり、教員、医師という職業を保護して人間社会での彼らの重要性を公式に認めさせたり。カエサルはまさに、現代社会の雛形を、今から二千年前も前に整備していたのです。

『Eine Kleine Nachtmusik』

 私は特にクラシック好きというわけではないのですが、それでもモーツァルトの『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』くらいはCDで持っています。

 この『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』という題を、私はもうずいぶんと長い間、「響きがカッコイイな」くらいにしか思っていなかったのですが、ドイツ語をちょっとでもやった人が見ると、笑ってしまうくらい簡単な単語からできているんですね。
 「アイネ」というのは不定冠詞。「クライネ」は「小さい」。「ナハト」は「夜」で、「ムジーク」は「音楽」。だから以前は、「小夜曲」などと訳されたりしたらしいです。
 こういう具合に、知らずに使っていた外国語の言葉を訳してみたらなーんだっていうこと、良くありますよね。音楽家で有名な「バッハ」という名前も、日本語に訳すと「小川」さんなんです。

 ドイツ語のテキストでエッセイを連載されているオーボエ奏者の茂木大輔さんが今月号で、この『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』について書かれていました。私が感じた「なーんだ」っていうのと同じ感覚と、それ以上に面白い『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』についての不思議を。

 前述したように、「クライネ」というのは「小さい」という意味です。だから、この曲は小品なのかというと…実はそうではないのだそうです。
 楽章は今は四つですが、メヌエットがひとつ失われていることがわかっているので本来は五つでした。その全ての楽章が堂々たる規模と楽想を持っています。同じ「セレナーデ(ナハトムジーク)」という曲名でも、管楽器が三人だけとか、もっと簡素なものはたくさん作曲されていて、むしろ『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』は「非常に大きなセレナーデ」と言えるのです。
(ここのくだり、全て茂木さんの受けうりです。念のため)

 はたして、そんな作品に、なぜ「小さい」という形容詞がついているのでしょうか?
 茂木さんは、モーツァルトのユーモアだと解釈しています。凄い贈り物をするときやご馳走を作ったとき、「ちょっとしたものなんだけど……」というのと同じ感覚だというのです。さらにそれを裏付けるのが、不定冠詞eineの存在。これは後続する文章を意味深にする機能があるらしいのです。

 モーツァルトはかなりちゃめっけのある人物だったという話を聴いたことがあります。そう考えると大作に「小」とつけたのは、彼流の皮肉、ジョークだったのかもしれません。
 そんな題名を○十年間も単純に「響きがカッコイー」なんて思っていた私。
 知らないということは、恥ずかしくも恐ろしいものですね。

 


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