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2006/03/27(月)
自分の色
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自分の色について 考える機会を与えられました。 ・・・・色といえば・・・・・ よくアマチュアミュージシャンのこたちが、熱く熱く そこが電車の中なのか、ファミレスの中なのかも忘れて、 「うちのバンドの色っていうのはさ〜ああでこうでさ〜」 (言い終わらないうちに別の子が) 「バンドやってる以上は俺たちのあり方ってああでこうでさ〜、」 なんて激論を交わしてる姿を見かけて、心の中で「がんばれ〜!!」って思ったのを思い出しました。 でもひとのこと気にしてる場合じゃない 僕の色は? と改めて聞かれたとき、5年前答えられなかったことが 未だに答えられない。・・・・しいて言えば・・・ 色と言うのは、勝手に付いてくる。 つきすぎるのが好ましくない色もあって、クラブのクのほうにアクセントがあった頃の、いわゆるナイトクラブで演奏してたミュージシャンたちは、同じ店で1年以上定期演奏をしないようにしたり、勤めて別の環境で演奏したりしてたそうです。
僕はそういう諸先輩方を尊敬しているからでしょうか? お客さんに ご年配が多ければ 童謡もやる。 お客さんに子供が多ければ“とっとこハム太郎”やったりもする。 恋人同士の人たちが多ければ マッタリとラヴソングかなんか弾く。
ご年配の人が、目を閉じて ふるさと を一緒にくちづさんでくれるのが、 子供が元気に 演奏よりうるさいぐらいの声で ニコニコしながら とっとこハム太郎 歌ってくれるのが、 曲が始まる前10センチ隔たりのあったカップルが、終わる頃ぴったりくっついて寄り添ってる姿見るのが、うれしいんです。 音楽で仕事する人 としては一見 理想的な考え方。 芸術家 として考えると、ひとつ間違えれば 自分の色のない アグレッシブさの足りない八方美人かもしれない。 こんなことだから 自分の色がわからない。 でもこんなことに引っかかってる場合でもない。
ここまで思いつくままに書いてみて どうやら 答えを出さなくて良い事に気がつきました。 僕が目指す音楽は、色じゃなく光だったんだ。 春にあっては、桜の花びらのピンクを、照らす太陽のように、 冬にあっては、あの子の柔らかいほほオレンジに染める 暖炉の炎のように、いつも何かを照らしたいんだ。 不器用な人間だから、僕ができるはずのないこと、やっちゃいけないことを、上手く穏やかな形で音楽では少しだけ許されてる気がします。 多分それは 他人の心の琴線に触れること。
色で考えるから孤独になる。混ぜれば混ぜるほどどす黒い汚い色になるのを嫌って。 光はその逆、いろんな光と交わるほど色そのものはあせてゆくけどまばゆさを増しクリアーになってゆく。
自分の 音楽の特色って? って聞かれて、即答を打てないのはまだまだ自分が弱いからでしょう。
中島○ゆきさんの歌じゃないけど、天気予報は? と聞かれて 「明日も夜です。」って答えちゃうぐらいの特色 あったほうがいいのでしょう。 してみると、昨日でなかった答えは、 僕の色は 光(ヒカリ色)です。でいいのかな?
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